東京メトロ東西線か都営大江戸線の門前仲町駅で降りる。江東区の公式サイトは東西線から徒歩3分、大江戸線から徒歩6分と案内しており、区の観光協会は1番出口から徒歩3分としている。いずれにしても、地上に出て永代通りを東へ向かえばすぐだ。改札から社頭までのあいだに、和菓子屋の前を通り、甘酒の匂いをかすめる。門前町という言葉が、そのまま地形として残っている町である。

門前仲町は、富岡八幡宮と深川不動堂という二つの社寺の門前町として育った。永代通りから深川不動堂へ延びる150メートルほどの参道は「人情深川ご利益通り」と呼ばれ、和菓子・甘酒・京漬物・江戸小物など四十ほどの店が並ぶという。八幡宮の西側には大横川が流れ、黒船橋が架かる。江戸期には木場の木材業、佐賀町の倉庫業で栄えた水運の町でもあった。歩いていると、川と参道という二本の軸で町ができているのがわかる。

深川の八幡さまと、相撲の碑

創建は寛永4年(1627年)。当時「永代島」と呼ばれた地に、神託によって開かれたと伝わる。京都の僧・長盛法印が八幡神の神託を受けたことによるとされ、当初は「永代嶋八幡宮」と称したという。以来「深川の八幡さま」と呼ばれて親しまれ、江戸最大の八幡宮とされてきた。江戸期には八幡神を氏神とする徳川将軍家の手厚い保護を受け、明治には朝廷から准勅祭社に定められ、勅使が差遣されている。主祭神は応神天皇(八幡神)で、相殿に神功皇后・仁徳天皇・天照皇大神など計9柱を祀るとされる。

境内を歩くなら、江戸勧進相撲発祥の地であることを頭に入れておきたい。「横綱力士碑」「大関力士碑」が立っていて、刻まれた四股名を目で追っているだけで時間が過ぎる。もうひとつ、伊能忠敬の銅像がある。測量に出る前に必ずここへ参拝したと伝わり、2001年に建立されたもので、江東区も「富岡八幡宮伊能忠敬銅像」として紹介している。日本地図を作った人が、旅の前に立ち寄った場所。そう思って見ると、鳥居のくぐり方が少し変わる。

写真 境内の横綱力士碑。刻まれた四股名の連なりが伝わる縦位置で

どの日に来るかを決めてから

毎月1日・15日・28日は縁日にあたり、参詣者で賑わうという。参道の人情深川ご利益通りも、この日はいっそう混む。混雑を町の一部として楽しむ日と決めて来るのがいい。日曜には境内で骨董市が開かれ、多数の店が並ぶ蚤の市として知られる。ただし開催日・時間・出店数は資料によって記載が異なるため、目当てにするなら事前の確認をおすすめする。参拝時間や社務所の受付も含め、こうした情報は公式サイト(http://www.tomiokahachimangu.or.jp/)で確かめてから出かけたい。

夏は8月15日を中心とする例祭、深川八幡祭り。江戸三大祭のひとつで、三年に一度の本祭りでは50基余りの大神輿による連合渡御が行われ、沿道から水をかけることから「水かけ祭り」の名で知られる。行列の先頭に立ち、木遣で練る「富岡八幡の手古舞」は江東区登録無形民俗文化財(民俗芸能)で、こちらも三年に一度の大祭で行われるという。祭礼期間中は参拝の勝手も普段とは異なると考えたほうがいい。春は八幡宮の西を流れる大横川沿いに約1.3キロの桜並木が続き、お江戸深川さくらまつりの期間は東富橋から越中島橋までがライトアップされ、黒船橋乗船場からは和船乗船体験やお花見クルーズが出る。

帰り道の楽しみ

帰りは参道を冷やかしながら深川不動堂へ。旧本堂は江東区内最古の木造建築とされ、文化財に指定されている。社寺を二つ続けて回ると、この町がなぜ門前仲町という名前なのか、体でわかってくる。時間があれば大横川沿いの遊歩道を黒船橋の方へ。桜の季節なら、水面近くまで枝が張り出した並木の下を歩ける。花のない時季でも、川幅と橋の高さのぶんだけ空が開けていて、参道の密度とはまた違う深川がある。