北千住駅の西口を出て駅前通りを進むと、旧日光街道との交差点に出る。そこから北へ200メートルほど行くと、千住3丁目の「宿場町通り」だ。足立区観光交流協会によると、西口から歩いて5分ほどだという。足立区商店街振興組合連合会の紹介では店舗数は60。千住宿本陣跡に近く、宿場町の面影があることから「宿場町通り」と呼ばれ、かつては千住宿の中心として栄えたという。
2025年11月2日、この通りを含む北千住駅西口エリアの4商店街が、名称を「千住宿商店街」に統一した。千住宿の開宿400年を記念したもので、4つを合わせた長さは約1,400メートル。「日本一長い宿場町商店街」をうたっている。旧名称はゾーン名として残り、ここは「宿場町通りゾーン」になった。催しには大道芸祭や、商店街全域での阿波踊りがあるという。毎年の開催時期は公式の告知で、各店の営業時間はそれぞれの案内で確認を。
◆鰻の寝床と、変わらない道幅
千住は慶長2年(1597年)に人馬継立の地に指定され、寛永2年(1625年)に日光・奥州両街道の最初の宿場になった。品川宿・板橋宿・内藤新宿と並ぶ江戸四宿の一つで、天保14年(1843年)には本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠55軒があり、家数は2,370軒、人口は9,456人だったという。足立区によると、町には「鰻の寝床」と呼ばれる江戸時代の区画割りが大きく変わらずに残り、道幅も当時からほとんど変わっていない。店先を眺めるときは、その奥行きにも目を向けてみたい。
千住3-33には千住宿本陣跡がある。本陣は大名などが泊まる最上級の宿で、間口9間半(約17メートル)、奥行38間(約69メートル)、361坪の広さがあったという。足立区登録記念物(史跡)で、跡地は見学できる。公開状況は足立区公式サイトの史跡ページで確認を。通り沿いの千住3-69には観光案内所「千住街の駅」があり、日光・奥州街道の宿場にちなむ記念スタンプを販売している。開館時間や休館日は足立区観光交流協会のサイトで確認できる。
◆帰り道の楽しみ
まず北へ少し足をのばすと、千住4-28-1に横山家住宅がある。江戸時代後期の商家で、屋号は「松屋」。地すき紙問屋を営んでいた。柱には彰義隊士が付けた刀傷が残るという。公開は外観のみなので、通りから静かに眺めたい。
そこから旧日光街道を南へ下る。千住1-4、東京芸術センター前の広場が千住宿問屋場及び貫目改所跡だ。元禄8年(1695年)に設けられた問屋場が人馬を手配し、寛保3年(1743年)に設けられた貫目改所が荷物の重さを検査したという。さらに南へ進むと、やっちゃ場跡と千住宿歴史プチテラス(千住河原町21-11)に着く。横山家の内蔵を移築した建物で、区民ギャラリーとして公開されているという。公開日は事前に確認を。その先が千住大橋と隅田川だ。宿場の北の端から川まで、江戸の旅人が歩いたのと同じ幅の道を、ゆっくり戻っていく。