降りるのは京成本線の千住大橋駅。足立区の公園案内によると、北千住駅からは距離があるため、こちらが最寄り駅になる。大橋公園までは駅から歩いて約5分だという。千住大橋は隅田川をまたぎ、北岸の足立区千住橋戸町と南岸の荒川区南千住を結んでいる。江戸時代、北のたもとには船着き場があり、日光街道の最初の宿場・千住宿の入口にあたっていた。
◆隅田川で最初の橋と、芭蕉の旅立ち
足立区立郷土博物館によると、架橋工事は文禄2(1593)年に始まり、翌年に完成した。徳川家康の命を受けた伊奈備前守忠次が奉行を務めたという。当初は隅田川に架かる唯一の橋だったので「大橋」と呼ばれた。完成したときは今より上流にあり、現在の位置に定まったのは天和4(1684)年とみられる。記録に残る架け替えは8回。一度も流されたことがないという伝説もあるが、実際には流失の記録があり、最後に流されたのは明治18(1885)年の洪水のときだという。
今のアーチ橋は昭和2(1927)年に架け替えられたもの。昭和48(1973)年には上り専用の橋が増設され、上り線と下り線が分かれた。Wikipediaによると、1927年完成の橋は鋼タイドアーチ橋で、タイドアーチ橋としては日本で最も古いとされる。歩道を渡りながら、造られた時代が違う2本の橋が並ぶ様子を見ておきたい。
橋を渡ったら、北詰の大橋公園へ下りる。足立区の資料によると、元禄2(1689)年、松尾芭蕉は深川の芭蕉庵から隅田川を船でさかのぼった。そして宿場町の千住で仲間たちに見送られ、東北への旅に出たという。千住で詠まれた「ゆく春や鳥啼魚の目は泪」は「矢立初めの句」として知られる。句には地元の名産だった白魚が詠み込まれているそうだ。公園には旅立ちを記念した句碑があり、葛飾北斎『富嶽三十六景』の案内板も立つ。近くの千住橋戸町50にある「千住宿奥の細道プチテラス」には、平成16(2004)年に建立された芭蕉の石像もある。
句は「ゆく春」を詠んでいる。春に訪れると、句の情景と重ねて歩きやすい。橋も公園も屋外の公共空間で、区の公園ページに利用時間の記載はない。プチテラスなど周辺施設の状況は、足立区の公式サイトで確認を。
◆帰り道の楽しみ
橋のすぐ北には足立市場がある。江戸三大青物市場の一つ「やっちゃ場」をルーツに持ち、都内で唯一の水産物専門の中央卸売市場だという。場内には一般客も入れる食堂があり、海鮮料理が食べられる。魚を卸値で買える「あだち市場の日」も開かれているので、日程は公式サイトで確認を。市場を過ぎて旧日光街道を北へ進むと、千住宿の町並みに入る。千住宿は寛永2(1625)年にできた日光街道最初の宿場で、江戸四宿の一つ。「大千住」と呼ばれるほど栄えたという。通り沿いには路地や商家、蔵が点在する。安養院と千住本氷川神社にも芭蕉の句碑がある。句碑をたどりながら、北千住の方へゆっくり歩いて帰りたい。