南千住駅から歩いて8分ほど、京成線の千住大橋駅からも同じくらいだという。このあたりは旧奥州街道・日光街道の千住宿の入口にあたり、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅へ発った地でもある。素盞雄神社はその街道筋に建つ古社で、荒川区の南千住・三河島・町屋から台東区三ノ輪まで、区内でもっとも広い61ヶ町の鎮守を務めていると区の案内にある。

光る石から始まった社

公式サイトの由緒によると、創建は延暦14年(795)。小塚の中の奇岩が光を放ち、二柱の神が現れたという伝承をもとに、役小角の高弟・黒珍が一祠を建てたのが始まりとされる。祀られているのは災厄除けの素盞雄大神と、商売繁昌のえびす様として知られる飛鳥大神。享保年間の火災ののち、享保12年に両社を相殿とする「瑞光殿」が建てられたと伝わる。境内には創建の起源となった霊石「瑞光石」が今もあり、元治元年(1864)にはここに富士塚(小塚原富士)が築かれ、浅間神社が祀られたという。区の指定文化財で、毎年7月1日に御山開きが行われる。

句碑と石塔をゆっくり読む

境内でもう一つ見ておきたいのが、芭蕉の矢立初めの句「行く春や鳥啼き魚の目は泪」を刻んだ句碑である。文政3年(1820)に江戸の文人たちが建立したもので、こちらも区の指定文化財だ。江戸時代の庚申塔三基や宝篋印塔からなる石塔群もあり、延宝6年(1678)建立の塔には猿と鶏が刻まれているという。石の文字を追うなら、人の少ない午前のうちに一基ずつ足を止めて回りたい。手水舎の水は地下140メートルから汲み上げた御神水だと案内されている。

写真 瑞光石と小塚原富士、午前の光で

季節ごとに表情が変わる

公式サイトの祭典案内によると、2月下旬から4月上旬の「桃まつり」には境内に矢口桃や源平桃、菊桃などが咲き、氏子から奉納された雛人形が各所に飾られる。創建日の4月8日には桃の枝と木片の煙で祓う疫神祭があり、3月27日は奥の細道の矢立初めの日にあたる。6月の天王祭は区登録の無形民俗文化財で、担ぎ棒2本だけの「二天棒」の神輿を、屋根の鳳凰が地面につくほど左右へ倒す神輿振りで知られる。本社神輿は重さ千貫、長柄は四間半あるといい、本まつりでない年も100基を超える町神輿が各町内を巡るという。6月30日の夏越しの祓、9月15日の飛鳥祭、秋の七五三と続く。参拝できる時間や各行事の日程は年によって変わるので、公式サイトで確かめてから出かけたい。

帰り道の楽しみ

神社から西へ10分ほど歩くと、都電荒川線の三ノ輪橋停留場に出る。その手前に続くのが、1919年から続く約465メートルの商店街「ジョイフル三の輪」。昭和の空気と手ごろな値段が持ち味で、ここで買い食いをしてから都電に乗って帰るルートは、荒川区の観光サイトでも紹介されている。歴史をたどるなら、神社の少し南、南千住五丁目の回向院へ。江戸の小塚原刑場跡に建つ寺で、吉田松陰や橋本左内の墓所、杉田玄白らの腑分け立会いを記念した観臓記念碑があるという。川が見たい日は東へ。南千住駅から歩いて12分ほどの都立汐入公園は、隅田川のスーパー堤防の上に散策路が延びている。街道の神さまに寄ってから、都電か川か。帰り道の選び方で、この町の見え方は少し変わる。

写真 三ノ輪橋停留場に入ってくる都電とジョイフル三の輪の入口