東武スカイツリーラインの曳舟駅から歩いて五分ほど、と商店街の紹介ページにはある。向島と東向島の境あたり、水戸街道と墨堤通りをつなぐ位置に、鳩の街通り商店街は東西に延びている。長さは約三百七十メートル。端から端まで、途中で寄り道をしなければ十分とかからない。この通りを歩くなら、どちらかの入口から入ってどちらかの出口まで抜ける、という単純な歩き方がいちばん収まりがいい。分岐がなく、引き返す必要もないからだ。
◆道幅が変わらなかったということ
この通りが東京大空襲をまぬがれたため、道幅が戦前のまま残っている、と紹介されている。焼けた場所は区画整理で道が広げられた。焼けなかった場所は、そのままになった。古い看板や細い路地が残っているのは、そういう理由だという。歩いていて車とすれ違う機会が少ないのも、たぶん同じ理由に行き着く。足元と両側の距離が近い。それがこの三百七十メートルの体感を決めている。
「鳩の街」という名前そのものは、商店街より少しあとの話だ。一九四五年七月、東京大空襲で玉の井を焼け出された銘酒店業者がこの地で開業したのが始まりとされ、以後この一帯は赤線地帯と呼ばれた。一九五八年四月一日の売春防止法完全施行で全業者が廃業し、跡地は商店街やアパートなどの住宅になったという。色タイルを貼った建物が多少残っているとされるが、老朽化にともなう建て替えや改築で少なくなっている。商店街の組織そのものはもっと古く、前身は一九二八年設立の寺島商栄会で、戦後に鳩の街通り商栄会、一九九九年に現在の振興組合となった。
◆古いものと、新しいもの
約三十店が営業しているという。昭和の店構えのまま続いている店と、リノベーションされたカフェなどが混ざる。空き店舗の活性化として、空きアパートを改装した商店街直営の創業支援施設「チャレンジスポット!鈴木荘」があり、若い世代による手づくり・ものづくりの活動が特徴として挙げられている。商店街全体としての開門時間はなく、営業時間は店舗によって異なる。目当ての店がある日は、事前に確認してから出たほうがいい。年間行事としては、春秋各二日間のベラボー市、夏冬各二週間のラッキーセール、年一回の鳩の街ジャズフェスティバルが定例だという。ほかに七夕の「鳩に願いを」、ハロウィンの「ハトウィン」、ライティングアートの「ハトナリオ」も紹介されている。日程は年によって動くので、公式X(@hatonomachi)や墨田区観光協会のサイトで確認を。
◆帰り道の楽しみ
墨堤通り側に抜けたら、そのまま向島百花園まで足を延ばせる。東向島三-十八-三、東武スカイツリーライン東向島駅から徒歩八分ほど。一八〇四年に仙台出身の骨董商・佐原鞠塢が開いた庭園で、一九七八年に国の名勝・史跡に指定されている。春はサクラやカタクリ、夏はアジサイやハナショウブ、秋はハギをトンネル状に仕立てた園路、冬はウメやスイセン、ロウバイが見どころとされる。開園時間と休園日は公園の公式サイトで確認を。時間が余るなら、京島のキラキラ橘商店街まで回して、下町の商店街を二本続けて歩き比べるという組み方もできる。墨堤通りを越えて隅田川の堤に出れば、対岸は浅草だ。

